10年以上も前のことですが、フェノロサによってもたらされたという日本屏風をボストン美術館で目にしたことがあります。
アメリカの大都市の美術館で自分の国の美術品が展示され、それを多くの外国人が賞賛と驚嘆の目で見つめるさまを前にして、日本人として大いに自尊心をくすぐられたものです。
そんな日本人の自尊心に、明治初期にうまくのっかったアメリカ人がフェノロサだった、ということがこの本でよく分かります。
日本美術を手放しで礼賛してくれるお雇い外国人フェノロサ。
そして開国後に世界に伍してやっていこうと必死であった日本人。
まさにあの時代が生んだこの相思相愛の組み合わせが日本の美術史をある方向へと大きく舵を切らせたのです。
しかし維新政府がお雇い外国人政策を転換し、フェノロサを切り捨てようとしたときに、この両者の蜜月は終わりを告げます。
そして切り捨てられる前に保身のためにフェノロサがとった反撃のおかげで、100年以上の時を経た今、ボストンで多くの人々が私も見たあの屏風に接する機会を得ることになるのです。
時代の大きなうねりの中で生きるということは決してきれいごとだけでは済まされない。
そんな物語が刻まれている一冊です。
アメリカの大都市の美術館で自分の国の美術品が展示され、それを多くの外国人が賞賛と驚嘆の目で見つめるさまを前にして、日本人として大いに自尊心をくすぐられたものです。
そんな日本人の自尊心に、明治初期にうまくのっかったアメリカ人がフェノロサだった、ということがこの本でよく分かります。
日本美術を手放しで礼賛してくれるお雇い外国人フェノロサ。
そして開国後に世界に伍してやっていこうと必死であった日本人。
まさにあの時代が生んだこの相思相愛の組み合わせが日本の美術史をある方向へと大きく舵を切らせたのです。
しかし維新政府がお雇い外国人政策を転換し、フェノロサを切り捨てようとしたときに、この両者の蜜月は終わりを告げます。
そして切り捨てられる前に保身のためにフェノロサがとった反撃のおかげで、100年以上の時を経た今、ボストンで多くの人々が私も見たあの屏風に接する機会を得ることになるのです。
時代の大きなうねりの中で生きるということは決してきれいごとだけでは済まされない。
そんな物語が刻まれている一冊です。