『求めない』 加島祥造 (単行本)

 著者のいわんとするところは分からないではありません。

 何かを強く求めることで心の安寧を失うような気持ちを強く感じることは、誰しも経験があるわけで、それならばいっそ求めないということで失ったものを取りかえそうというのは、ひとつの方便としてはありうると思うのです。

 仏教がものごとに拘泥することで心ががんじがらめになることに強い警鐘を鳴らして、「執着(しゅうじゃく)」を戒めていることと底は通じています。

 しかし、一方で人類はなにかを強く求めることで、前進してきたと思うのです。

新しいものを発明し、未知なる人々との強いつながりを築いてきたのもまた事実だと私は思うのです。

 著者が綴る言葉からは、疲弊しきってしまった現代社会からの逃避の奨めという、一種退嬰的な臭いを私はかぎとってしまうのです。

 人間は、特に若い人は、何かを強く求め、そこへと向かって自己実現することを夢見ることが必要だと思います。

 著者はすでに齢(よわい)八十を超えています。

やはり人生において達観と諦観の大切さを実感し実践するのが通例である年齢に達したといってよいでしょう。

 そんな著者の言葉を若者が実践するのは、「老成」という言葉によってそしられることを潔しとすることが大切かもしれません。

 人生にとって大切なことを一言でいうなら「求めない」ということではなくて、「誰かを傷つけない」ということではないでしょうか。

この「誰か」には自分自身も含まれます。

 心と体と生命(いのち)を大切にする。

そう素直に綴ればよかったのではないでしょうか。

「求めない」という言葉の使い方は、結構難しくて誤解を生むわけで、だからこそ幾度も著者は「求めないというのはなにもしないということではない」と釈明をする必要に迫られるわけです。

 求めよ、しかし傷つけないかぎりにおいて。

 私はそう考えて生きています。