スペイン・バスクについて大づかみすることは出来ますが、少々食い足りない気がします。
それは紙数の限られた新書であるからというだけではありません。
一般的な読者の興味が向かうであろうと思われる事柄については記述が足りない箇所がいくつか見られるのです。
例えば、バスクという言葉で一番に日本人読者が連想するのはETAというテロ活動組織のことでしょう。
彼らの暴力行為を取り上げた節に、97年に起こったビスカヤ県エルムア市議の予告殺人という事件が登場します。
ETAに対して地域住民が激しく反対の声をあげる契機ともなった事件ということですが、そもそもどういう事件で、どういう展開を見せたのかがさっぱり書かれていません。
(156頁および205頁) さらにビルバオ市に97年に開設されたグッゲンハイム美術館の展示内容を「アバンギャルドな作品を多く展示する」(201頁)の一言で片付けてしまっています。
筆者はこの美術館によって地域社会がいかに活性化したかということには興味はあるようですが(それが大変重要だとは私も認めます)、そもそも美術館としてどれほどのものか、そしてなぜそれが人を引き寄せるのか、ということについては記述を曖昧にしています。
またこの美術館の展示品は現代アートではありますが、「アバンギャルド」という用語でくくるのが適切なのかは少なからず疑問です。
バスク語についても、教育や文学活動といった言語を取り巻く「環境」についてはある程度の記述はありますが、「言語そのものの特性」について(膠着語であることなど)の解説は十分されていません。
ことほど左様にこちらの興味と著者の興味の間に微妙なズレを感じることが多い一冊でした。
それは紙数の限られた新書であるからというだけではありません。
一般的な読者の興味が向かうであろうと思われる事柄については記述が足りない箇所がいくつか見られるのです。
例えば、バスクという言葉で一番に日本人読者が連想するのはETAというテロ活動組織のことでしょう。
彼らの暴力行為を取り上げた節に、97年に起こったビスカヤ県エルムア市議の予告殺人という事件が登場します。
ETAに対して地域住民が激しく反対の声をあげる契機ともなった事件ということですが、そもそもどういう事件で、どういう展開を見せたのかがさっぱり書かれていません。
(156頁および205頁) さらにビルバオ市に97年に開設されたグッゲンハイム美術館の展示内容を「アバンギャルドな作品を多く展示する」(201頁)の一言で片付けてしまっています。
筆者はこの美術館によって地域社会がいかに活性化したかということには興味はあるようですが(それが大変重要だとは私も認めます)、そもそも美術館としてどれほどのものか、そしてなぜそれが人を引き寄せるのか、ということについては記述を曖昧にしています。
またこの美術館の展示品は現代アートではありますが、「アバンギャルド」という用語でくくるのが適切なのかは少なからず疑問です。
バスク語についても、教育や文学活動といった言語を取り巻く「環境」についてはある程度の記述はありますが、「言語そのものの特性」について(膠着語であることなど)の解説は十分されていません。
ことほど左様にこちらの興味と著者の興味の間に微妙なズレを感じることが多い一冊でした。