アメリカの陪審制度と日本の裁判員制度―陪審制の発展と意義 (単行本)

 著者は1987年に東京外国語大学中国語学科を卒業後に渡米。

サウスカロライナ大学のロースクールを出てアトランタの法律事務所に勤務しています。

現役の在米弁護士としての知見をもとにしたのがこの書です。

 第1章ではアメリカの陪審員制度が、イギリス王政の横暴に対する盾として発展してきたその歴史的経緯をまず描いていて、そもそもの存立の精神的基盤が日本の裁判員制度とは異なることがよくわかります。

 第2章ではロドニー・キング事件やO.J.シンプソン事件などの著名な陪審員裁判を見ていくことで陪審員たちに求められる考え方が了解できます。

 陪審員は法廷に提出された証拠のみを考慮するよう判事から説示を受けるのですが、実際にシンプソン事件に参加した陪審員は、シンプソンが無罪だと結論づけたわけではないと言っているのだとか。

というのもシンプソンは有罪だとは思ったが、警察が提出した証拠が信用できなかったと彼らは言うのです。

有罪だという思い込みに対して、提出された証拠が勝ったということですから、健全な評議がおこなわれたといえるかもしれません。

 第3章は服部君事件など日本人/日系人が関わったアメリカの陪審員裁判の事例が取り上げられていますが、フィクションである「ヒマラヤ杉に降る雪」が取り上げられているのは、違和感がありました。

 著者は在米期間が長いためか、「外国籍」といえば済むところを「外国国籍」と記しているなど多少日本語に難がありました。

このあたりは日本の編集者が校閲をきちんとすればよかったのではないかと惜しまれます。