マーラー:交響曲第6番「悲劇的」 (CD)

ジョルジュ・プレートル(Georges Pretre 1924 - )指揮によるマーラーの交響曲が二つ同時にCD化された。いずれも1991年のライヴ録音である。プレートルはパリ音楽院でトランペットを専攻し、その後、ジャズ楽団のメンバーだったが、クリュイタンスらに師事して指揮者に転向した。オペラ、管弦楽曲ともフランスものを中心にしたレパートリーが知られ、発売される録音もこのジャンルのものが多かった。しかし、2008年のウィーンフィルのニューイヤー・コンサートを指揮したことから、その他のジャンルにおける彼の活動が注目されるようになり、このような録音も出てきたものだと思う。当盤に収録されたマーラーの第6番を聴いてみての印象であるが「うーん、これはまたずいぶん古典的なマーラーで・・・」というのが第一。その印象の原因は、細かく表情付けを施し、音楽のテンポを揺らす演奏スタイルにある。実際、最近のマーラー演奏は、基本的にテンポの変動は大きくなく、精緻さに重点を置くものが多い。私のよく聴くシャイー、ブーレーズ、ドホナーニといった人たちのマーラーはおおむねそうだと言って間違いないだろう。マーラーの近代演奏史を紐解けば、バーンスタインに代表される「劇場型」と、ショルティに代表される「造型型」に分けられると思うが、この演奏はあきらかに前者に属する。前者の演奏の場合、その感性を聴き手が完全な信頼感を持って共有できるかどうかがポイントとなる。一回きりのライヴではなく、繰り返し再生を前提とするメディアでは、そこが重要だ。第6番という楽曲が複雑多岐な要素を持っていることもあって、私の感覚ではこの演奏における様々な情念を吐露するような演出は、時としてバランスをはずしていると感じられた。もちろん悪い演奏というわけではない。そこには現代ではあまり聞けない(貴重な)マーラーの「俗っぽさ」の発露があり、熱血な何かはもちろん感じ取れる。畳み掛ける性急さと圧搾したエネルギーの解放には人間的な感情がこもっていると思う。名演なのだろう。ただ、録音の弱みもあって、音が部分的に痩せたり、特に弦楽器陣のアンサンブルが濁る感じもある。聴き手がどこに重い価値を置くかで、この演奏の評価は大きく変わりかねないだろう。