芥川賞作家・花村萬月が幼少期の数年間に父親から強要された音楽や読書の体験について綴った、愛憎相半ばする手記。
題名には「文章教室」とありますが、父親は著者に対して狭義の文章修行は一切おこなっていません。
また本書は文章上達のための実用書の類いでは全くなく、その点で題名は多くの読者に誤解を与えるかもしれません。
しかしこれはかなり硬質で、肌がヒリヒリするような、息子と父の激しい葛藤の物語として私は一気呵成に読みました。
6歳だった著者は父親にいきなり旧仮名遣いの文庫本を突きつけられて読むように言われます。
暴力的な圧力と、父親に認められたいという心から、必死になって字面を追う著者。
来る日も来る日も、世間一般では考えられないような難度の高い読書を強いられます。
父親の突然の死を契機にわずか数年で幕となるこの奇妙な読書体験は、その後の著者の人生を支配し続けることになるのです。
仕事につくわけでもなく、母を泣かせ続け、そして小説家になるという夢を夢のままにして逝った父。
本書中盤までは、そんな父という存在を息子がはかりかね、そして激しく憎悪しているかのように綴っている印象を与えます。
しかし、出版社の小冊子に連載という形で綴られていた本書は、やがて父に対する深い愛情を感じさせる文章へと転調します。
それは激しい憎悪と表裏一体である激しい愛情です。
「父はとにかく私に関わろうとした。
常時、関係性をもとうとした。
それは素朴な支配慾求であったかもしれませんが、人が人間関係においていちばん傷つくのは自分が忘れ去られてしまっていると自覚した瞬間です。
」 「私は父親からときに否定的な言辞を投げ与えられ、殴打され、けれど、それでも認められていたのです。
」(203頁) 凍てつくような父子関係を、こんな風に昇華させてみせる著者の筆力。
驚嘆と敬意の念ととともに読みました。
題名には「文章教室」とありますが、父親は著者に対して狭義の文章修行は一切おこなっていません。
また本書は文章上達のための実用書の類いでは全くなく、その点で題名は多くの読者に誤解を与えるかもしれません。
しかしこれはかなり硬質で、肌がヒリヒリするような、息子と父の激しい葛藤の物語として私は一気呵成に読みました。
6歳だった著者は父親にいきなり旧仮名遣いの文庫本を突きつけられて読むように言われます。
暴力的な圧力と、父親に認められたいという心から、必死になって字面を追う著者。
来る日も来る日も、世間一般では考えられないような難度の高い読書を強いられます。
父親の突然の死を契機にわずか数年で幕となるこの奇妙な読書体験は、その後の著者の人生を支配し続けることになるのです。
仕事につくわけでもなく、母を泣かせ続け、そして小説家になるという夢を夢のままにして逝った父。
本書中盤までは、そんな父という存在を息子がはかりかね、そして激しく憎悪しているかのように綴っている印象を与えます。
しかし、出版社の小冊子に連載という形で綴られていた本書は、やがて父に対する深い愛情を感じさせる文章へと転調します。
それは激しい憎悪と表裏一体である激しい愛情です。
「父はとにかく私に関わろうとした。
常時、関係性をもとうとした。
それは素朴な支配慾求であったかもしれませんが、人が人間関係においていちばん傷つくのは自分が忘れ去られてしまっていると自覚した瞬間です。
」 「私は父親からときに否定的な言辞を投げ与えられ、殴打され、けれど、それでも認められていたのです。
」(203頁) 凍てつくような父子関係を、こんな風に昇華させてみせる著者の筆力。
驚嘆と敬意の念ととともに読みました。