マハン海上権力論集 (講談社学術文庫) (文庫)

「軍国精神が浸透した国々では、ある政策を武力によって支えると、いったん公表されるやいなや、それが一種の名誉の問題を生み出し、それに隠れて政策自体の正当性・不当性が見失われてしまうのである。その政策自体を冷静に見極めることはもはや不可能になり威嚇−−どれほど穏やかな表現をとろうとも−−によって予断し決定がなされるようになる」。アルフレッド・セイヤー・マハンは1914年に没したアメリカの元海軍少将で、卓越した海洋・海軍戦略によって名をはせた人物である。その著作は、ドイツのウィルヘルム二世、アメリカのセオドア・ルーズベルトらに影響を与えた。日本でも秋山真之が暗唱できるくらい読み込んだ上に直接教えを受けに訪ねている。しかもかつてマハンの翻訳版が最も売れた国は日本だという。本書は、その中から代表的なものを抄訳したものである。マハンは、海上権力を構成する要素として以下の6つを挙げて解説している。1.地理的位置2.地勢的形態3.領土の規模4.人口5.国民性6.政府の性格100年以上前の世界情勢に基づいて書かれているので、多少退屈なところはある。ただし、例えば、アメリカ合衆国併合前のハワイの重要性を力説している部分は、その後かの地が太平洋戦争での重要なポイントになったことを考慮すると、ちょっと感慨深いものがある。カリブ海やパナマ運河の重要性や、当時は日本にも劣っていたアメリカの海軍力増強の必要性を訴えている部分もある。黄禍論を反映している記述も見える。マハン個人の意見ということだけでなく時代の影響も見て取るべきだろう。中国については、その潜在力を強く警戒しながらも、当時の列強の関心が強く集まる利権の中心になっていたことがうかがえる。1年以上滞在したという日本については、まだ成熟したものにはなっていないがアジアで唯一近代文明を取りこむことに成功した国として鋭く分析している。陸上国と海上国という軸では、当然海上国として位置づけてあり、地理や国土の狭さに由来する限界についても指摘していて、日本が国際社会の一員として緩やかに列強とパートナーシップを築くことに対して希望を述べている。「戦争というものは、たとえその性格が激烈かつ異例であるにせよ、要するに一種の政治運動に過ぎない」「沿岸防衛(含:水雷艇や機雷)は守勢的要素で、艦隊は攻勢的要素」「いかに守勢的なものであろうとも、守勢のみに終始する戦いは負け戦」。軍事だけではない。歴史に学んだ世界観や文明観に基づく意見もある。力と物質的な繁栄への渇望によって物質的なものへの関心がおこり、続いて精神的なものへの関心へ移るという、文明の影響とその広がりについての見解などはちょっと興味深かった。