ドクトル・ジバゴ アニバーサリーエディション [DVD] (DVD)

 20歳前、つまり今から40年以上前にこの映画を見たときは雄大なロシアの荒野と雪原を背景に展開した物語に感動はしましたが、正直なところ細かいセリフの意味、展開は完全に理解できませんでした。

しかし、今見てみると、何度見ても傑作だと思いますし、見るたびに新しい魅力を発見します。

私達の世代は、今思い起こしても大迫力と言えるテアトル東京の映画館で見た人が多かったと思いますが、この作品だけは小さい画面ではなく、できれば最低24インチ以上のモニターでの鑑賞をお勧めします。

ロシアの大自然の魅力を実感できます(実際はカナダ、スペイン、フィンランドでの撮影)。

 主人公はジバゴとなっていますが、しばしば画面で流れるララのテーマ曲でわかるように、実際はララが主人公と言ってもよく、トーニャと並び、ジバゴが愛した女性二人の物語と理解した方がわかりやすいです。

ロシア革命の激動の時代だけに、男性中心の見方になりやすいですし、またそれ故に作者パステルナークは反革命分子かどうかソ連で(の男性達の間では)当時盛んに議論されたようですが、彼自身は政治よりも女性への永遠の愛、ロシアの国土への愛を終生貫いたようですね。

ジバゴの正妻トーニャは作品中では脇役のように思う人が多いでしょうが、この作品はジバゴ達ともう一組のララと冷徹な革命家となった夫の2組の夫婦の間での、ジバゴ・ララの“美しき不倫物語”なのです。

勿論、視聴者は誰も不倫の不さえ思いつきませんし、逆にジバゴのララへの至純愛に感動さえします。

これはトーニャの役割が絶大なためで、時代の激動にあっても彼女の教養と知性がそれを許さず、安易な嫉妬に流されなかったためです。

もし、トーニャが嫉妬に狂い、あちこち暴れたら、この物語は三流喜劇となり、文学作品にはならなかったでしょう。

彼女の気高さ、当時のロシア貴族・知識階級の水準を高く評価すべきです。

  結局、ジバゴが本来は許されぬ二人の女性を永遠に愛し、生き別れとなったララは正妻トーニャとジバゴに感謝する意味でも、わが子に正妻と同じ名前トーニャを与えたのですね(40年前、これは理解できませんでした)。

映画の最初と最後がこうしてトーニャという名前で完結します。

ラストシーンが豪快なダムの放水というのは象徴的です。

水は生命を意味し、永遠に流れていくことを示すからです。

芸術は形式と内容の桎梏を問うものであり、原作者パステルナーク及びリーン監督はララによって内容を、トーニャによって形式を体現させ、見事にそれらを美しく一体化させました。

そんなわけで、本作品はむしろララとトーニャの女達の物語と呼べるのです。