不変 (単行本)

「いろんな試練を乗り越えた今、マウンドで投げることがとにかく楽しい。野球ができなければ面白くない。投げられなければ、楽しくない。そういう意味でも、ケガなく故障者リストにも入らず投げられた2013年のシーズンは本当に楽しかった。ピッチャーは、やはり投げてなんぼのポジションだと思う」。楽しみにしていた本である。27試合連続無失点、プレーオフでは強打のチームを相手に厳しい場面で登板してことごとく抑えきってMVPを獲得、ワールドシリーズでも胴上げ投手になった。前年度地区最下位で2013年シーズンもクローザーが相次いで故障するという緊急事態に見舞われたボストンレッドソックスのワールドシリーズ制覇は、新加入した上原投手の大活躍なしでは難しかっただろう。投球術についてかなり詳しく説明している。こんなに秘密を明かして大丈夫なのかと少し心配になるくらいである。球種はフォーシームとスプリットの2つだけで、しかも、メジャーのクローザーの速球は150キロ/h台が主流なのに、上原投手のフォーシームの球速は89マイル(143キロ/h)しかない。「クローザーの常識を変えた」とも言われるが、なぜ、こんな遅いボールで抑えられるのか、はっきりとした理由は本人にもわからないという。しかし、「制球力」と「ボールの切れ」をとことん追求してきたそうで、実際のボールの握りの写真を添えて、打者の内外角に投げ分ける2種類のフォーシームについて解説している。スプリットについても実は3種類を投げ分けていて、それらの握りの違いについてもやはり写真付きで説明している。ツーシームも投げると言われているが、実はコントロールがうまくいかないために2013年シーズンは1球も投げておらず、スライダーにいたってはスプリットに磨きをかける過程で投げ方を忘れてしまったという。さらに、もっとも注意しているのは腕の振り方。変化球を投げるときに腕の振りが少し遅くなる投手が多いのに対して、上原投手はスプリットのときほど腕の振りを速くするように心がけている。ピッチャーの投げたボールがキャッチャーミットに収まるまで0.4秒くらいしかないから、こうして一瞬でも打者を幻惑させれば抑えられる確率は高くなる。このようにとことん追求するようになったのは、巨人時代に工藤公康選手から、たくさんの球種を覚えるよりも持っている球種を磨いた方がいいとアドバイスされたこともあるようだ。滑るといわれるメジャーのボールについては、皮の部分でなく縫い目の部分で制御することで対処しているという。プレッシャーでなかなか眠られなかったこと、優勝の瞬間、結局まだ一度も本拠地のボストン市内を観光していないというホテルと球場の往復の連続や普段の過ごし方、時差が伴う長距離の移動の大変さ、その後の原点になったという高校卒業から大学に入るまでの1年間の浪人時代、巨人時代のこと、こちらから聞かなければ教えないが選手の方からアドバイスを求めれば熱心に付き合ってくれる褒め上手なメジャーのコーチたち、テキサスから移籍した理由、ブログを書くことの効果やブルペンで田沢選手と日本語で会話できることによる安心感、キャッチボールの大切さ、右肘のケガからの復活、MVP受賞時の物怖じしないインタビューが話題になった息子のカズ、先発の経験がセットアッパーやクローザーでも生きている、といったことについても述べられている。2013年の4度の優勝は全て三振を奪って終えたが、あれは相手のバッターが「空気を読んだ」からだというのは、ちょっと笑ってしまった。38歳。全般的に選手寿命が伸びているとはいえ、本人も語っているように、結果を出し続けなければ若手にスイッチされてしまう年齢だ。本書のタイトルは「不変」となっていて実際に「自分のスタイルは何も変わっていない」と書かれているが、投げ終わった後に左足にかかるショックを逃がすことで肉離れしなくなったとか、左手のグラブを大きくするというような様々な工夫を重ねてきたことからもわかるように、「不変」の意味は必ずしも何も変えないという意味ではなく、フォームも含めて自分なりのやり方をとことん追求して微修正すべきところは受け入れて改善してゆくという自分のスタイルを変えていないという意味である。ワールド・シリーズを制覇しても反骨心は消えていないそうで、このままケガさえなければ、2014年シーズンの活躍も間違いない、と確信させられる内容だった。